ダース・ベイダーのテーマ  〈竹石玲奈〉



とにかく厳しく怖い先生でした。




どんなに遠くにいらしても、先生のお姿が見えると、映画「スター・ウォーズ」に出てくる
ダース・ベイダーのテーマ曲が、警告音のように頭の中で鳴り響いたものです。


まさに神出鬼没。
ありとあらゆるシチュエーションで、小学生の頃から、叱られたことは数知れず。



コンビニから出てきた所で。

♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーン

「あら、あなた、歩きながら食べるとは何事ですか!
そもそもアイスクリームはお腹を冷やすから食べてはいけません。」


更衣室で。

♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーン

「身体を冷やすでしょう。面倒がらずに下着から全部替えないと、
お稽古着だけ替えても意味がありません。」


お昼休みに公園で。

♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーン

「何をしていますか!ブランコに乗る暇があるのならお稽古しなさい。」


もちろんお稽古場でも。
トウシューズを履くのに少しでも手間取ると

♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーン

「あなた、靴、作ってるの?」


叱られた記憶だけではありません。


ゴミの分別をしていたら。

♪デーン.......(以下省略)

「あら、あなたひとりでやってるの?こういうことが大事なのにね。」


手伝ってくださいました。


ジュニアバレエ公演でお化粧の列に並んでいたら。

♪デーン.......(以下省略)

「こっちに来なさい」


イヤと言える人がいたらお目にかかりたい。


ガチガチに固まって先生に顔を差し出すこと数分

「この頃、近くが見えないのよねぇ」


.......一生懸命、とても一生懸命描いてくださいました。(お察しください)



ジュニアバレエ公演のリハーサル中のこと。

他のリハーサルと時間が重なってしまい、アラブの練習を
早退しなければならないことをおずおずと伝えると、

「それならあなた、今ひとりで踊っていけば?」

(...............!!!!!!!!!!!!!!!)

私が首を縦以外に動かせるはずもなく。



この時とばかりに「大きい人は他の人と同じように踊ってはダメなのよ。」と、
こと細かく身体の使い方を教えてくださいました。


先生は手が大きいうえ、こんなに痛かったか、と毎度新鮮な驚きを感じられるほど、
指の力が強くていらっしゃいました。



肩をグワシと掴み、横に後ろにギュイイイイイイイイイイ

首根っこをグワシと掴み、頸椎を前に上にギュイイイイイイイイイイ

頬っぺたをグワシと挟み、顔の向きをグギギギギギギギギギギ

脚をグワシと掴み、付け根からグリグリグリグリグリグリグリグリ

極めつけは
足の甲をグワシ、グイグイ、ギュウギュウ、バキバキ、ボキボキ、メリメリ


もう折れる!折れた!折れました!と何度思ったことか。


容赦ないとはこのことだと身を持って知ったのでした。




それにしても、先生から逃げようとすればするほど捕まるのはなぜでしょうか。



それは入団後も。

先生のクラスレッスンがある木曜日には、地味なレオタードを選んでなるべく目立たないように
心を砕くわけですが、それでもやはり何かにつけ捕まってしまいます。


たとえ運良く逃れても、ほっとするのもつかの間、


♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーン

化粧室でばったり。
洗面台の鏡の前で、"グワシ"から始まるのです。


「胸!」「肩!」「頸椎!」「外脚!」と気をつけるたび、あの強烈な力、痛みと共に、
きれいな赤いマニキュアが目に浮かびます。



2011年「ドン・キホーテ」の公演で、初めてファンダンゴを踊った時には。

私は何を勘違いしたのか、レベランスで頭を上げるタイミングを間違えてしまいました。

落ち込みつつ楽屋に戻っていると

♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーン


万事休す。


「あなた、変なことしたでしょ。」
「申し訳ありませんでした......」


恐る恐る顔を上げると、先生の目は笑っていました。

「でも、踊りは悪くなかったわよ。」

踵を返して遠ざかるお背中に向かって最敬礼したのは言うまでもありません。








その年の12月30日。


あまりにも早いお別れでした。







思えば、あの♪デーンデーンデーンデーデデーンデーデデーンは、いつもバレエと共にあり、
常日頃から生徒に目と心を配っていらした先生の心持ちの証でした。


少ない機会を捉えては、テクニックのみならず、バレエに敬意をもつこと、ダンサーの品格は志の高さであることなど、
バレエダンサーとしての姿勢を、自らの素晴らしいお手本をもって教え導いてくださったのでした。



感謝のことばもありません。


今でも、お稽古場や劇場で、ふと、あのテーマが聞こえるような気がして、つい身構えながら、
先生の毅然としたお姿を探してしまうことがあります。

きっと、ご生前にそうであったように、先生はいつも私たちを見守ってくださっているのだと信じています。


ひょっとしたらこのブログも読んでいらっしゃるかもしれません。


「まあ、あなた!ダース・ベイダーだなんて!失礼な子ね!」

幾分笑いを含んだお声が聞こえてくるようです。


団員はよく、

「こんなことでは先生が降りてきちゃうね。」

自らの踊りや、立ち居振る舞いに、後ろめたさを感じたとき、こんな言葉を口にします。

先生の教えを受け継ぐための合い言葉でもあり、もっと言うと、誠実さを計るものさしでもあり。


そして、先生の話題が出るといつも、決まって大盛り上がりします。

ここに書いたようなエピソードを、私だけでなく、団員のそれぞれが持っているからです。



「人は二度死ぬ」と聞いたことがあります。
一度目は心臓が止まった時に。二度目はその人を思い出す人がいなくなった時に。


先生には、いつまでも生き続けていていただきたいと、強く願っています。







その人は

豊川美恵子先生。



あれから四回目の年の瀬です。