『檸檬』〜舞台考〜  <岡田 幸治>

お久しぶりでございます。岡田幸治です。
"女心と秋の空"思わずそんな言葉を思ってしまうこの頃の天気ですね。

秋といえば 読書の季節。

普段 それほど本を読むわけではありませんが、最近読んだ本に梶井基次郎の『檸檬』という短編があります。30分もあれば読み終えてしまう本当に短い短い作品ですが、作家の漂う心情を美しい日本語で編んだ まるで詩のようにステキな、そして最後はチョットだけ痛快?な小説です。

その小説の中で作者が檸檬を買う果物屋の件に 「果物はかなり勾配の急な台の上に並べてあって、その台というのも古びた黒い漆塗りの板だったように思える。」という描写があります。

今ではなかなか目にする機会も減りましたが、昔はこの果物屋と同じように八百屋も 見映えが好いように奥が高く手前が低い傾斜した台の上に野菜を並べて売っていました。


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さてここからが本題です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、海外のオペラハウスでは舞台が傾斜している劇場が結構あります。そしてこの傾斜舞台のことを日本の演劇界では「八百屋(やおや)」と呼ぶんです。八百屋のあの斜めの台に似ているからです。ちょっと面白いでしょう?

僕はロシア公演の経験しかありませんが、牧バレエ団のソビエト公演で踊ったキーロフ劇場(現マリインスキー劇場)も入団以前に一度踊ったことがあるボリショイ劇場も傾斜舞台でした。確か1mにつき3cm下がっていたと記憶しています。(劇場によって多少違うと思います。)

数字で書くと実感が湧きませんが、舞台に立ってみると相当な傾斜です。そういえば海外では舞台奥側をUp Stage、手前側をDown Stageと呼びますが それもこの傾斜から来ているのかも知れませんね。

さてこの傾斜舞台 最初は落ちていかない様に背中を引き上げるのに必死ですが、慣れてくるとそれが功を奏して舞台に立つだけで お尻 腰 背中が上がり身体が軽く感じられ、客席から観やすい事に加え とても理に適っていることが解ります。ほら、少しヒールのある靴を履くとお尻が引き上がる気がするでしょう?あんな感じです。もちろんそうは思わないダンサーもいるかも。それに舞台奥に向かってジャンプしていくのは明らかに坂を上る感じで辛いです。(笑)

傾斜舞台に慣れてから平らな舞台に立つと なんだか腰が落ちて身体が重く感じたことを覚えています。

それからもう一つ、舞台では客席から見て右側を上手(かみて)、左側を下手(しもて)と呼びますが、これはもともと歌舞伎で三味線奏者が舞台右側から上手(じょうず)な順に並んだ つまり向かって左へ行くほど下手(へた)だったから、なんて話を聞いたことがあります。まあこれには諸説あって本当のところは定かではないらしいですが、これもちょっと面白い話ですよね。

この上手と下手、社会の中では 上座と下座があるでしょう? 地位の高い人が座る奥の席が上座、そうでない人が手前の下座。これ舞台の上も同じように決まり事があるんです。

権力や力のある者は客席から見て右側の上手から、そうでない者たちは左側の下手から。歌舞伎では力のある者が上手側にいて、それより地位の低い主人公たちは下手か下手にある花道から出てきて また下手に去っていきますよね。演劇の舞台でよく使う家を横に切った様な舞台装置でも 力とは関係ありませんが 玄関は左側にあって訪問者は下手から現れ、迎える家の者は上手しかも奥の方から現れるのが なぜか基本です。

そしてヨーロッパの文化である私たちのクラシックバレエでは...。思い出してください、『白鳥の湖』1幕で王妃、王子、貴族は上手 向かって右側から、村人たちは左側 下手から現れます。帰る方向も其々同じです。2幕は王子の登場は演出によって上下ありますが、力の象徴とも言える悪魔ロットバルトは上手から現れ上手に去っていきますね。3幕は もう皆さんよくご存じですよね、上手が城の奥側 下手が城の入口側です。

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そう、日本と同じなんです!

そんなの常識と思われるかも知れませんが、この事に気付いた時 僕は思わず楽しくなりました。示し合わせた訳でもないのに、国も 民族も 歴史も 文化も 言葉も違うのに 舞台の約束事は一緒なんです。これって人間が共通で持っている感覚なんですかね? これ世界中で同じだとすると 面白くて そしてちょっとホッとしませんか?



以上 舞台の仕事をしていて、へえ 面白いな〜と思った事を書いてみました。かなり長くなってしまいましたが...あっ、最後に『檸檬』良かったら読んでみてくださいね。ラストがちょっと痛快?で面白いですよ。それでは!